東京都新宿区、徳島市、美波町、この3カ所の勤務地を季節ごとに選べる「フリーオフィス」の導入、地域活動に参加するための休暇制度創設…。2012年5月、美波町にSOを開設したセキュリティー対策ソフト開発会社「サイファーテック」はこれら新しい働き方の提案も含め、さまざまな仕掛けと挑戦を続けてきた。
◇ ◇ ◇ ◇
その一つが12年夏に始めた大学生によるIT合宿だ。吉田基晴社長(43)が住民との交流の際に「高校が町からなくなり、若い人を見なくなった」と聞かされたのがきっかけ。
合宿は毎年8月にあり、テーマは「ITの力で地域の課題を解決する」。10人程度が9日間滞在し、企画立案から開発まで挑む。今年は9人が高齢者の安否確認を遠隔地から可能にするIT装置の開発に取り組んだ。
「将来は起業し、まちづくり関連のソフトウェア開発をしたい」(徳島大工学部2年、川中康平さん)、「国際協力に興味がある。日本の地域活性化から学べる点があると思った」(立教大法学部3年、杉山佳菜さん)と目標や参加動機を語る学生たち。SO関係者らのサポートを受けながら、アイデアを一つ一つ形にしていった。
◇ ◇ ◇ ◇
SO開設から1年、同社は本社を東京から美波に移す。そして、その1ヶ月後の13年6月、新会社「あわえ」を設立した。
美波が古里の吉田社長は住民との交流を通じ、人口減少や1次産業低迷、高齢化など、地元の課題の多さを痛感した。「日本が元気であり続けるためにも、地方を元気にしてなければ」と考え、地域課題の解決を目指す会社として立ち上げた。
古い写真のデジタル保存、地元漁師手作りの干物の商品化、阿波尾鶏レストランのプロデュース、明治期の銭湯を再生させた交流施設「初音湯」の開設、SOの誘致、地域の魅力を全国発信するクリエーターの育成…。いずれも「あわえ」の事業だ。吉田社長は「何が当たるかが分からず、いろんなジャブを打ってきた」と振り返る。
「あわえ」には全国から人材が集う。広報を担当する小池佐季子さん(28)=静岡市出身=は14年8月からのクリエーター育成事業に応募し、そのまま正社員となった。前職は青年海外協力隊。アフリカ・マラウィ共和国で1年半、学生時代に学んだ酪農の技術普及に努めた。美波には、例えば自分のブランドで牛乳を売りたいと思ったときに、それを可能とするブランディングの力を身につけるためにやってきた。
カメラを首から掲げ、町へ飛び出す。昨年、「ちょうさ」と呼ばれる太鼓屋台が名物の美波の秋祭りを初めて見学した。レンズ越しに見る男たちの顔がゆがんでいた。
「大の男が50人近く集まって、重いちょうさを担ぐ。それも楽しそうではなく、しんどそうに。祭りが近づくと女子中学生も『そろそろだね』って。地域の奥深さにどんどん引き込まれている」。今年も10月の本番を心待ちにする。
SO誘致に携わる室賀ゆり子さん(23)=兵庫県西宮市出身=はサイファー社のIT合宿に参加したのが縁で今春、入社した。鳥取での学生時代には遊郭の再生に取り組んだ。「地域の活性化に貢献しながら、どうお金を稼ぐのか。あわえでの仕事は勉強になる」と充実感を口にする。
「あわえ」が試行錯誤をしながら作り上げてきた地方の処方箋を求め、他県からの視察も増えてきた。吉田社長は言う。「手応えを感じている。これからが正念場。2年間の挑戦を着実に実らせていきたい。」
(徳島新聞 2015年9月30日)